おわりに

 私が小学校の低学年だった昭和30年代の初め頃、京都西郊の野菜畑では下肥や鶏糞が使われ、化成肥料は見なかったように思います。ただ水田へは化成肥料も使われ農薬散布もやっていたように思います。野菜畑では、いわゆる有機農業が行われていたのでしょう。 

   その後、中学校1年生の夏休みに家の近くの「百本木」へクワガタ虫を捕りに行ったことがありました。水田地帯の真中あたりに大きな溜池があってそのまわりに百本程のクヌギの木が生えていてクワガタ虫やカブト虫、時にはオオムラサキ蝶が樹液を求めてやってくるのです。クヌギの木を1本1本チェックしていた時、突然頭の上へセスナ機が飛んできて、轟音と白い霧をバラ撒いていったのです。水田への農薬散布だと気がついて逃げようとしたのですが、セスナ機はそのあたりを飛び回っていて逃げられませんでした。50年経った今でもその時の恐ろしさをハッキリ覚えていて、このことがトラウマになって、農薬嫌いが続いているのだと思います。

  ちょうどその頃から日本では、農薬や化学肥料をたくさん使う農業に転換していったようです。中学の3年生頃には、オオムラサキやギフチョウはほとんど見かけることがなくなっていました。

 

  こうした原体験があるからか、私が一番最初に「慣行農法」という言葉を知った時、頭に浮かんだのは日本で営々と続けられてきた農薬を使わない農法のことでしたが、全くの逆でした。この50年間で農薬や化学肥料を使う農業が当たり前に定着してしまったと言うことだと思います。

 この一文の中の栽培の項目のところには、特筆すべき画期的な農薬を使わないみかん作りの方法が書いてあるわけではありません。結果的には現在の慣行農法が定着する前に普通に行われていた栽培法を実施してきたことを書いているにすぎません。しかし自分ではこのことに意味があると思っています。かと言って、慣行農法の前の昔の農業に戻るべきだと言っているのはありません。

 

 キューバは、有機農業国への大転換をはかり、大きな成果をあげているようです。これはソ連崩壊とアメリカの経済封鎖が原因で自給を図る必要性からやむなく始めた施策らしいですが、国のいろいろなことがうまく進んでいるようです。当然、それぞれの国の事情は様々です。キューバをマネようとは言いません。日本には日本なりに気候風土にあった、その国の農業の形があるはずです。有機農業という言葉の枠にとらわれず、安全で永続性のある、生産力も生産能率も高い農業をもっともっと真剣に考えて実践するのが良いと思います。合わせて農業も生産のみならず、流通経済と一体でなければならず、大きな枠での考え方が必要だと思われます。

 

 個人レベルでは、今後も 農薬も化成肥料も使わないみかん作りを続けていきながら、日本の新たな農業の姿と言うものを考えてiきたいと思っています。

 

2014年冬記

 

 

 

伊予柑の木に春見を接木している
伊予柑の木に春見を接木している